和歌山の歴史ドライブ!

こんにちは、ヤスタカです!

この前家族でドライブに行きました。アルファロメオに乗ってです。

和歌山城に行ってきて、ふと疑問に思ったことがあります。

和歌山城の南西部分に堀がないんですよね。古い地図に興味があって、昔の姿と今の姿を見比べて、探検するのってウキウキします。
古い地図を見ながら、今に至るまでどんな歴史があったのかを感じることができるんです。

古い地図と見比べても、築城されたときから存在していなかったのですが、堀って周囲を囲わないと意味がないと思うんですよね。なんでそんなつくりになっているのでしょうか?

当時の大阪城からの攻め入りに備えて、北側を固めたのでしょうか?でも回り込まれたら、仕方ないですもんね。

調べてみたら、徳川頼宜が城下町の拡張の工事をして、完成予定よりも大規模な城構えになることから、幕府から中止しろと言われてしまったらしいです。

そこの地域は堀止と呼ばれていて、そういう意味でつけられた地名なんですね。

今では何気ない謎でしたが、調べてみるとちゃんとした理由がある。歴史をたどるのは、ロマンがあっていいですよね!